雨やどり


管理人室 -- 日記 -- 2024/02
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2024/02/29 同じ心ならん人と
2024/02/16 上諏訪歩き④
2024/02/12 上諏訪歩き③
2024/02/11 帰り道
2024/02/01 待つ

2024/02/29 同じ心ならん人と

考えるのをあきらめていないと思える人に会った。近くにはいないと思っていたからうれしい。ほんとうかどうかを確かめていく道をゆっくり歩いてみる。『徒然草』の現代語訳(佐藤春夫 訳)を読み始めた。訳によって印象がこんなに変わるんだと面白く読んでいる。第12段を心に留めておく。

2024/02/16 上諏訪歩き④

今週の上諏訪探訪の記録。

13日かようび。仕事の後、飲みに出る。駅の改札からわりと近くの、日と宵というお店を目指す。散歩の最中に看板を見かけたことはあるが、営業時間外で入ったことはなかった。昼はおむすびと焼き菓子、夜は日本酒のお店。昼は妹さんがやっていて、お姉さんが夜の担当らしい。お通しで銀杏が出てきてうれしかった(好きな食べ物第3位)。豚汁もいただく。これもお通し。ほかのお客さんも含め、豚汁の話になる。地域ごとで味や具が違うのかしら、みたいな話。その場は諏訪の人が多かったので、家庭差もありますかねということになった。
隣の二人組が、このあとスナックSeNに行くと言って出て行った。女子一人でも安全な店だから気が向いたら来てくださいと言われたので、そのときは曖昧に返事をして、わたしもそのうち店を出る。ほんとに行ったら面白いかなと思って行く。「ほんとに来た」と面白がられた。若いママさんも、明るいオーラのある方だった。1杯だけ飲んで店を出る。
キャスタウェイに行ったら、この日2度目の「ほんとに来た」をもらった。というのは、1月にここに来て「また来ます」と言って帰ったのを、マスターはそんなに信じていなかったらしい。わたしとしては、その時にちらっとした約束(本を貸す)を果たしに来た。覚えていてくださって、本屋で聞いてみたが取り扱いがなかったと言っていた。間違えて同じものを2冊買ってしまった本だったので、差し上げた。1時くらいには帰るつもりいたのに、その時になってみないと何が起こるか分からないもので、結局3時前までいた。

15日もくようび。11時半頃、やすみ亭に行ってみる。やっていなかったので、個人でやられている紙モノの雑貨屋さんに行ってみようかと思いつく。念のためインスタを見たら、開店が遅れますとのことで、おとなしく帰る。ただの散歩になった。
家でお昼を食べてから、サテン・ドールに向かう。やっていた。やっぱり引く扉だった(2/12の日記参照)。そういえば、引いて入る扉が多い気がする。押して入る扉のお店ってあるのかな。どちらにも開く扉はあるが。コーヒーをいただく。人が来て、お互いがどこの誰とか知っていたり知らなかったりして、ほどよく話したり本を読んだりして、すごく元気が出た。かわいがられたので、少しだけ正体を明かしてから、仕事に間に合うように帰った。

16日きんようび。午前中の用事が思ったより早く済み、やすみ亭まで歩く。食べ物も空気も時間も、何もかもが滋養に富んでいる。しっかり食べて、本を読みながらコーヒーを飲んだ。あ!! ここ、押して入る扉の店だ。

関連日記:2024/02/12 上諏訪歩き③
     2024/01/23 上諏訪歩き②
     2024/01/04 上諏訪歩き①

2024/02/12 上諏訪歩き③

ポストに郵便を出しつつ、散歩。サテン・ドール(喫茶店)、祝日だからどうかなと思って通りかかる。たぶんやっていなかった。たぶんというのは、中の電気はついていたけれど、スタンド看板がしまわれていてあれだと扉が引けないから、たぶん。引く扉だったよねと考えながら、またにしようと思って通りすぎた。ずっと前に来てから全然来ていなかった。おそらくもともとが出不精なので、いったん出なくなると全然出なくなってしまう。急に忙しくなっていったのもあるけど、そんなのは言い訳。
踏切を渡って、高校生のときの通学路に出る。鳥幸という小さなお総菜屋さんは閉店してしまった。高校生の時、部活帰りによくそこで鶏の天ぷらを買って食べながら帰った。吹奏楽部の定演のポスターも毎年貼ってもらっていた。
楽茶でコーヒーを飲む。持ってきた本もあったけれど、そこに在る本を眺めたり読んだりした。自由に読んでいい本の棚には絵本もあって、わたしの座った場所から振り向くと『つきのぼうや』がちょうどこちらを見ていて、かわいかった。売っている本の棚もあり、そこから一冊選び第1章をそこで読んでそのまま買うことにした。お店の人とちょこちょこ話す。あとで、そういえば前にも少し話しましたね、と言われた。1/4に来たときのこと。『諏訪の湯神と共同浴場』という本が気になってパラパラ見た。買おうか迷って今日はやめた。小野川恵美子さんという方が自分で出されていて、諏訪郡の温泉・共同浴場が写真でぎっしり載っている。本をご自分で出版しただけでなく、それらの調査もご自分でされたらしい。すごい。同著による『諏訪の道祖神』という本もあった。
ポータリーなるところは、近いうちに麻婆豆腐屋さんができるらしい。そっち界隈のですよね…と決めつけているけれど、決めつけはよくないわね。もう少し歩いて、そっち界隈と私が思っている店(カフェ)に寄る。コロナ禍の少し前くらい、オープンしたばかりの頃に一度来ている。その時にお店の人の一言(悪気は全くなかったのだろうが…)が気になって、以来一度も来なかった。でも、そのお店はこれからどういうふうにでもしていけそうな感じだった。今日入って、あ~こういう感じのお店になった(決まった)のねと思った。レモネードを頼んで、持ってきた本をそわそわ読んだ。悪い感じは一切ない。多分もう来ないけど(少なくともしばらくは)。日が沈む前に帰る。

関連日記:2024/01/23 上諏訪歩き②
     2024/01/04 上諏訪歩き①

2024/02/11 帰り道

 東京に2泊もすると、東京の人になったような気分になる。9日の午後に着いて散歩。通った道に古本屋が2軒あり、どちらも端から端まで舐めるように見ておきながら買わずに店を出てしまった。気になった本が分厚くて重かったのもあるけれど、そんなのはきっと言い訳で、買ってまで読みたい本に巡り合えなかった。きっと本屋さんの問題ではなく私の問題。本を選ぶのが下手になっているんじゃないかと心配になる(この心配は2日後に解消されることになるが、その話はまた少し後で)。
 音楽の力はすごい。とりわけ私は音に影響されながら生きていると思う。音楽によって何か思いついたり考えがまとまったりすることが、もしかしたら人より多いかもしれない。考えてばかりいて自分の気持ちが疑わしくなる時がある。このあいだのできごとも、よく考えたうえでうれしいことだと決めつけた。みんなが言うような怒りや寂しさは絶対になかった。だからうれしいと決めたけれど、この夜の音のおかげで正直な気持ちになった。うれしいのも嘘ではないけれど、本当は切なかった。わたし、せつなかったんだ…と思ったら泣きそうだった。私だけ泣いていないことも本当はたぶんずっと苦しかった。

 10日は朝早く起きて、メンデルスゾーンのイタリアを譜面を見ながら聴いた。この日のオケの本番で吹く曲。郵便屋さんみたいなバッグをかけて、ホルンをしょって、歩いて向かう。前半の前半が降り番だったので開演までは花束受付に駆り出された。隣で一緒に花束を受け取った人はいい人で、ちょっと仲良くなった。途中、そんなに知らないんだけど知り合いみたいな態度の人が来て、斜め遠くを見るように、歯車が少し噛み合わないみたいに喋った(苦手意識があるとこういうことしちゃう)。前半の後半と後半が乗り番。たのしかった。
 中学生で吹奏楽を始めた時、フルートをやりたかった私に「あなたはホルンです」と言い渡した部長は、楽器占い師の才があったのかもしれない。その日、フルートになれなかったことにがっかりした記憶はない。(ホルンになった!わたしホルンになった!)と思って走って帰ったような気がする。今でこそ圧倒的なホルン顔を自認しているけれど、当時の私はそんなことには気づいていなかった。部長はそれを言い当てた。その証拠に、以来15年もホルンを吹き続けている。

 11日、海に向かう。三連休の中日だからなのかいつもそうなのか道が混んでいたけれど、それでも3時間くらいで横須賀市に着いた。うみべのえほんやツバメ号さんに行く。前からいつか行きたいと思っていて、ようやく来た。迷って3冊買った。光って見える本がたくさんあって、あれもこれもみんなよかった。その中で、楽しみを連れて帰れそうな本を選んだ。そうだった、小学生の頃から図書館や本屋さんでこうやって本を選んでいた。帰り道に走り出したくなるような気持ち。物語の中でいざ冒険が始まるときのわくわくする気持ちに似ている。私にとって、本を選ぶことは冒険の始まりだった。
 砂浜はいつまでも歩き慣れない。海の人間ではないことを見透かされている感じがする。でも、よそよそしくはない。うまく歩けない私をフフフと笑って見ている。これで帰ろうと思った時、ちょうどwafflesの「帰り道」がカーオーディオから流れた。「帰り道は振り切れそうな鼓動で走る 今日この道で別れるときに 明日が楽しみで良かった」

2024/02/01 待つ

教室という場所をつくった(建物を建てたという意味ではなく)時点で、ここにいることが役割の一つになった。それだけじゃない、と思うけど。自由でもあることを忘れない。忘れなければきっと自由だと思う。ここにいるということは、みんなが去っていくということだし、また会えるのを待つということだろう。また会えるのかしら。見送りながら考える。こればかりは考えてもわからない。ほんとうに、ただ待つしかない。
このタイチョーフリョーも治るのを待つしかない。どうにもいろいろがだめになり、2日半あった休みは結局どこにも行けずに家にいるしかなかった。市役所に行って償却資産申告書を出したくらい。明日は薬を飲んででも動かねばならない。早めに寝る。

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