雨やどり


岡田淳さんの本を読む -- 星モグラ サンジの伝説

ほんとう

枠の下部分が芝生になっていて、そこにちっちゃいモグラがぽつんと描かれているのが、それだけでもう、愛しい。そんなところから、この物語は始まる。そのモグラの話を聞くうちに「ぼく」は「これが夢かどうかなんてことを、もう考えてはいな」い。私たち読者も同じである。サンジの物語が始まる前の「はじめに」の章を読むだけで、このお話がほんとうに起きたことだと、わかる。さらに、この語り手のモグラが物語の合間にときどきなにかを言ったり「ぼく」と会話をすることで、サンジの物語がより一層“ほんとう”になってくる。
物語の中でサンジが食べるホシはとてもおいしそうだ。ホシを食べられるかとか実際のところおいしいのかなどと考える前に、咄嗟においしそうだと感じる。これがほんとうにあったことでなければ、ホシをこんなにおいしそうには描けないと思う。

おすすめ

岡田淳さんの本を大きくなった人におすすめするとしたら、これかもしれないなと思った。 私は好きな作家さんを聞かれれば必ず「岡田淳さん」と答えるけれど、おすすめを聞かれると迷う。それは、どれもおもしろいから、だけではない(それももちろんある)。私と同じように岡田淳さんの作品を読む人は、いないだろうと思うからだ。
私と同じようにというのがどんなふうなのか、うまく説明できないが、私が小学生の頃に岡田淳さんの本たちに出会って、何度も読み返してきたこと、そしていまも読み続けていることだけは言える。たしかに、どの作品もわくわくしておもしろいし、ぐっとくるようなメッセージを感じることもある。だけどそれ以上に、岡田淳さんの本から離れられない何か(理由みたいな何か)があるような気がする。「あぁこれだ! ドキドキする!」と思う。世の中にはこんな楽しいことやおもしろいことがほんとうにあるんだと、わかる。人は信じられる、人生は生きるに値する、とご本人が言うことが、ただのきれいごとではないと感じる。心の底からそうだと思える。
サンジを読むと、この気持ちを分かってもらえるんじゃないだろうかと、そんな気がしてくるのだ。そういうわけで、おすすめするならこれかもしれない、と思い至ったのである。
そして、新刊を現役の小学生で読んでいた人や、大人になってから初めて読んだ人にも、それぞれにその人にしかできない読み方があることも分かっている。だから、私は私なりに読んでいくことが、それから、誰かが誰かなりに読んだ話を聞くことが楽しい。

サンジが好き

少し話が逸れたが、結局、この物語を好きになる人はサンジのことが好きなのだ。サンジはどんどんすごいことをしでかす。その物語に、私たちはどんどん引き込まれていく。テンポがよくてとにかくおもしろい。そして挿絵もかわいい。モグラたちがとてつもなくかわいい。ほることのおもしろさにとりつかれたサンジは、彼にあこがれた若者のモグラが真似をしようが、長老会議が開かれようが、神にほめられ(?)ようが、おかまいなしに、ただ自由に楽しくほって飛ぶ。特別なことを成し遂げたい気持ちとか、他人(他モグラ)への威圧とか、そういうものとは無縁だ。そのサンジの生きざまが、飛びざまが、私たちは好きなのだと思う。

周りの世界

「はじめに」の章然り、サンジの物語が面白いのはもちろん、その周りの世界がいい。あとがきや、新装版(2017年7月初版)のあとがきのあとがきなんかも、いい。新装版の帯でJ.宇野片さんが言っていることも、いい。すべては、物語の中も外もなく、同じひとつの世界に書かれている。


2019/11/06・2022/01/18

[感想文] Page Top