雨やどり


岡田淳さんの本を読む -- 霧の森となぞの声
こそあどの森の物語シリーズ第10巻。トワイエさん大活躍の巻。
 

トワイエさん

最初の章が、トワイエさんの視点ですすむ。スキッパーの視点で物語が進むことが多いから、珍しい。この物語でトワイエさんが活躍することが、予感されるような気がする。トワイエさんは、ときどきすごくエゴイスティックな面があるのに、普段はあまり直接的な物言いはしない。いろいろなことに対して敏感なのだろうと思う。
 

スキッパーとふたご

トワイエさんの心配をよそに、スキッパーは音楽の正体を探す。「バーバさんなら、どうするだろう」スキッパーはこう考える。人は大抵、真似をして、学んでいく。真似できるような素敵な大人が周りにいる世界は、心強い。
暗闇の穴に落ちたスキッパーやふたご。「こわい」という描写がない。それほどの音楽。どんなものなのだろうと想像する。すごいのだろうと思う。
 

スミレさん

スミレさんは、今回も魔女のようだ。「子どもたちのことが心配、でもある」「はやく行かなくちゃ、あたしが取り残されるって感じがする」というセリフ。スミレさんらしい。“こころをひかれるもの”に、まだ出会う前から早くも心を奪われている。「何かをしなくちゃいけない」と思う時の気持ちを、見逃さない。そのタイミングも逃さない。さすが、スミレさんだ。
 

音楽

スキッパーとふたご、あとから落ちて(おりて)きた大人たちも、夢みごこちになる。自然がつくりだした音楽はすごい。何かを伝えようあるいは表現しようという芸術もあれば、そうでない芸術もある。ここでは後者だ。自然の力はふしぎですさまじい。自然とは、わざとらしさや無理がないという意味でもある。だから、何かを意味するのではない音楽が、こんなに純粋にみんなの心に響く。
 

穴から出る

しかし、このままみんなで心を奪われていたのでは、こそあどの森の物語はどうなってしまうのだろう。と思ったところで、トワイエさんには申し訳ないが、トワイエさんの足がいたくて良かった……と心の底から思う。石が当たったときはものすごく痛そう。トワイエさん、体を張ってみんなを助けてくれてありがとう。
穴から引き上げられた子どもたちの目の挿絵がすごくいい。とろんと伸びている目。まだ夢から覚め切らない表情。
 

それからあとのこと

「それからあとのこと」という章が好きだ。これと全く同じ名前の章が、最終12巻『水の森の秘密』、『扉のむこうの物語』、『放課後の時間割』の最後にもある。
出来事のあとに思ったことや感じたこと、話したことが、終わりとしてではなく描かれている。“終わりとしてではない” というのは、これから彼らの生活が続いていくことが分かるという意味だ。
 
 
2019/12/26

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