雨やどり


岡田淳さんの本を読む -- 選ばなかった冒険 ―光の石の伝説―

もどかしい

いやもう、すごく、おもしろかった。何度読んでもそう思える。書き出しから引き込まれていった。眠っているのか起きているのか、ほんとうに存在しているのかいないのか。この曖昧な世界はこれからどうなっていくのか。複雑な世界をこんなにもいいテンポで無駄なくかつ不足もなく書けるのはすごい。
読み始めてすぐにこの物語に魅了されてしまう。なにより、これからどうなっていくんだろうと思わされる。それを、学たちとともに時間を過ごして考えながら読んでいくことになる。どんどん先を読みたくなる気持ちと、少し立ち止まってよく考えてみたい気持ちとが拮抗して、もどかしい。
 

主人公

紛れこんでしまった不気味な世界。学は最初、自分が見ている夢だと言う。勇太は、自分が主人公のゲームだと言う。あかりはうんざりする。だれが主人公なのだろうかと考えることよりも、だれかが主人公であるという発想に違和感を持つことのほうが難しい。しかし、学や勇太がそう言ったことは、みんながそれぞれに自分の時間を生きていることを読者に感じさせてくれる。そういう意味では、あかりはもしかしたら自分の時間を生きていることに自信がなかったのかもしれない。
そんな、誰よりも不安がってこわがっている描写が多いあかりだが、この物語の中では、名前の通り、暗いところで光ってくれるような、導いてくれるような存在だ。もうひとつの世界へまぎれこんですぐ、保健室で三浦先生(と同じ姿の人)に「戦士じゃないんです」としつこく言うあかり。拳銃の訓練をする日、「ひとを殺す道具だ」と3回言うあかり。強い子だと思う。
バトルやメルに記憶がないのは、ゲームの世界では「役割だけが問題」だからだと学は言う。それでも、あかりは「いままでにどこかで生きてたはず」だと言う。それにつられてもぐら男も、「以前のこと、な。…どっかにあるんだろうな」と言う。いま自分の時間を生きているということは、これまでにもそういう時間があったということだ。「たとえ記憶が消されていたとしても、これまでの時間はあったはず」なのだ。自分自身のことだけじゃなく、他人の時間のことを思えるあかりだったから、自分の時間のこともうまく思えるようになっていったのではないだろうか。
 

願いごと

光の石を手に入れること。勇太の目的はそれだった。なにを願うかなんて考えていなかった。手に入ったら、なにを願うか。みんながそのことを話すシーンがある。願いごとを考えるのは、希望や夢を持つことよりも難しいかもしれない。希望や夢は自分のものだが、願い事は必ずしも自分のためではないし、誰かや何かのためでもないかもしれないからだ。
もとの世界に戻すと言った勇太。平和な世界にすると言った学。あかりは、この世界の人たちに以前の記憶をとりもどしてほしいと言った。もちろん、バトル、メル、もぐら男のためを思ってというのもあるだろう。けれど、そのときのあかりは、自分にもまた自分の時間があることを、かみしめているような気がする。
 

人との出会い

トンネルの中で、勇太たちとわかれたあかりは、メルやバトルの声をなつかしい声だと思う。彼らのことを好きだと気づく。この世界に来たことを嫌がっていたあかりだったが、その世界で出会った人たちがいるということは、あかりにとって、かなり心強いことだったと思う。
 

自分の人生

学、あかり、もぐら男は助けに来たハリーとともに、フクロハリネズミたちのいる場所へ向かう。
紛れこんだゲームの世界と、もとの世界。ふたつの世界は、はじめはどちらも夢のようだった。どちらも、違う世界で眠るときに見る夢。それがいつの間にか「どちらもはっきりしている感じになっている」。そこで過ごした時間の長さだけがそうさせているわけではないだろう。
学やあかり、勇太は眠っているあいだにもとの世界を夢に見ることができる。フクロハリネズミにはできない。4年もここにいるというミリーは、もとの世界では高校1年生だというのだ。自分の知らぬ間に。咄嗟に、残酷すぎると思った。しかし、フクロハリネズミだった時間も自分の時間だ。「記憶」がもし戻るとしても、それは「時間」とは同じにできない。そのうえで、もとの世界に戻ったミリーが、これからは人間の姿で「自分の人生」の〈つづき〉をやっていくのだろうと思える。
自分の人生を生きるということは、これまで積み重ねてきた時間と、いまと、これからの時間があるということ、そしてそれらを覚えているということだろう。覚えているために、よく考えなくてはいけない。それができれば世界は「はっきり」してくるはずだ。
 

時間が消える

勇太とバトルとメル、それから3人を追いかけたフクロハリネズミたち。彼らが死んだことはもちろん、それで彼らの生きた「時間」が消えてしまったことが恐ろしかった。あったはずの時間が、自分の時間が、消えてしまった。
「もうない時間があった」のではない。「もうない時間がもうない」のだ。「もうない時間があった」のではない恐ろしさだけでなく、「あった時間を共有する」ことができない寂しさに、胸がぎゅっとちぢむような心地だ。
 

戦い

戦いのシーンは、かなりしっかりと怖い。手に汗握る。スピード感がすごい。闇の王が明かした、フクロハリネズミと兵士についての真実も、受け止めきれないくらいにドキドキする。
 

それからあとのこと

あかりが光の石に願ったことは、話し合ったときには出てこなかったものだった。あかりが石に願うと、もとの世界の教室に戻ってくる。「おぼえてる……?」「おぼえてる……。」そのセリフだけで、ふたりは「もうないが、たしかにあった時間」のことを共有する。それからあとで、八田くんとはどんな話をしたのだろう。他のみんなはどうしたのだろう。勇太とは何か話をしたのだろうか。物語に描かれていない、それからあとのことがあるのを強く感じる。
 

2020/01/04

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